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16:38:43
私たちは2日目の朝に、今回語り部となってくださった
後藤さんと共にバスに乗り込み、
南三陸町の中心部があった場所へ向けて出発しました。
h25総代会視察旅行h25総代会視察旅行

h25総代会視察旅行
震災当日に、海水が川を上らないように水門をあわてて閉めたそうですが、
全くの無駄でした。

h25総代会視察旅行
海には浮き球がたくさん浮いていました。
生き残った地元の人たちの力を集めて、
海のお仕事は少し出来るようになってきたそうです。

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津波で壊された堤防は、まだそこいらに残されたままです。

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写真右側の山の上には、昔からのお宮があって、
近くの小学校のこども達全員が、校長先生の号令一下このお宮に登り、
津波による災害を免れて、全員助かったそうです。

ところで、写真には河原や野原のような場所が写し出されていますが、
もとは町並みがあったところです。
今現在、流されてしまった家々の基礎部分はだいたい壊され片付けられました。
そして、ほぼ平らな土地だけが残されて、そこに雑草がたくさん生えてきて、
このような緑の場所がたいへん多く見られます。
まるで最初から、町などなかったかのような風景です。

しかしこれらの場所は、震災前は間違いなく、
たくさんの一般家庭や商店が建ち並び、人が生活していた場所です。
説明をされた私たちの〈信じられない・・・〉という反応を見て、
後藤さんは南三陸町の町並みを写した大きな写真を
「比べてみてください」といって、見せてくださいました。
h25総代会視察旅行
この写真が震災前の町並み。

h25総代会視察旅行
この写真が震災後、無残に変わり果ててしまった町並みです。
そして、写真の説明をしている、後藤さんと私たちが立っているこの場所も、
震災前は町のど真ん中だったところです。

そうです。この場所は、震災後の報道で有名になった場所。
遠藤さんを始め数十名の職員が命をかけて、
津波警報の緊急放送を必死で市民に呼びかけていた
防災対策庁舎のあった場所です。
h25総代会視察旅行
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私たちは、ホテルにお願いして準備してもらった献花と、
コップ1杯のお酒を御霊前にお供えさせてもらって、
心を込めて手を合わせて、慰霊をさせてもらいました。

この防災対策庁舎は、津波到達間際まで緊急放送をしていたという
遠藤さんの報道でとても有名になったので、たくさんの方々が
毎日花を手向けてお参りしていかれるそうです。
この日も私たちを始め、団体バスがひっきりなしに来ておりました。

h25総代会視察旅行
少しわかりにくいと思いますが、真ん中に写っている車の、
ずっと奥の山のところに神社があります。
「つなみのえほん~ぼくのふるさと~」という絵本を書いた
工藤真由美さんが奉職する神社が建っている場所です。

震災後、まず地元の皆さんが感じたのは、
「神様は本当にいるんだ!」という気持だったそうです。
そんな気持からか、震災後の町の復興もさながら、まず神社の祭りを
毎年欠かさず心を込めて行っているそうです。

h25総代会視察旅行
この場所は、奥に写るトンネルに向かって線路が有り、
電車が走る鉄道があった場所です。しかし今なお、復旧の見込みも
着いていない様子となっています。

さて、ガイドツアー最後に向かった場所は、
JR東北のCMで吉永小百合さんも見えた
「南三陸さんさん商店街」でした。


つづく
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