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15:59:33
h25大公孫樹の会夏掃除h25大公孫樹の会夏掃除
今年も大公孫樹の会による清掃草取りが行われました。
いくらとっても生えてくる草ですが、大勢でやると違いますね。
   h25大公孫樹の会夏掃除   h25大公孫樹の会夏掃除
石玉垣の内外に至るまで、約2時間の草取り作業です。
幸いこの日の暑さはさほどではなかったので、熱中症の心配もなく、
みなさんひたすらに、神様への御奉仕に取り組んでいただけました。。
h25大公孫樹の会夏掃除
同会で植えたゴーヤも、昨年と比べものにならないほど育ってます。。

そして作業が終われば、神様へのご報告を兼ねたお参りと、
何より楽しみのお直会です。
h25大公孫樹の会夏掃除
h25大公孫樹の会夏掃除
大変お疲れさまでした。とても楽しそうに、神様の御奉仕をしておられました。
平均年齢が75歳以上の皆様方ですが、とにかく元気です。。
きっと神様もお悦びになられたことでしょう。
「健康長寿」何より大切ですね。。
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15:59:54
そして塩釜港も震災と津波に襲われ、
仲卸魚市場も壊滅の危機に遭いました。
h25総代会視察旅行h25総代会視察旅行
でも、もはや元気を取り戻し、たくさんの観光客で賑わっていました。
とにかく人の活気があふれているというのは良いものです。
地元が元気であることが、復興には第一条件だとあらためて思いました。
h25総代会視察旅行
市場の一所に、震災当時の写真が飾られていました。
本当に大変だったんですよね。
h25総代会視察旅行
「奥州・仙台おもてなし集団 伊達武将隊」
戦国武将の姿で、観光客を楽しませてくれる方々が、
全国のお城のあるところで活躍しています。
これも元気の素です。。

もしかしたら数十年後には、私たちは震災の痛みを忘れてしまうかもしれません。
でも、ふとしたときに思い出したり、再びの震災があったときに思い出して、
こんな大きな悲劇に、再びならないよう気を付けなければなりません。
震災で亡くなられたたくさんの人たちから託されたこの日本を、
良い方向に進めていくことが大切です。

その為にも、震災から2年の月日が流れた今の被災地を、
たくさんの方々に訪れていただいて、その目で見て感じて欲しいと、
切に願います。

h25総代会視察旅行h25総代会視察旅行
「くにみももろーる」
東北自動車道国見サービスエリア、下りサービスエリア限定品。。
美味しゅうございました。。

おわり

16:19:12
南三陸さんさん商店街は、昨年2月にオープンしたばかりです。
震災復興を掲げて、たくさんの方々の支援をいただいて始まり、
「南三陸町に来てください!」を合い言葉に、
イベントを重ねたり、新しい建物を建てたりと、
とにかく攻めの姿勢の元気印商店街です。。
h25総代会視察旅行h25総代会視察旅行
h25総代会視察旅行

並んでいるお店は、全部で30店舗ほどです。
土産店・食堂・日用雑貨店・魚店・電機店・整骨院・・・
とにかく何でもある、ちゃんとした商店街です。
h25総代会視察旅行
h25総代会視察旅行h25総代会視察旅行
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h25総代会視察旅行
すぐとなりには、大型バスが50台は駐車できるほどの駐車場があって、
観光バスがたくさん出入りしていました。
そしてニュースなどでも話題になっていた、
イースター島から送られた、本物のモアイが鎮座しています!!
h25総代会視察旅行
「南三陸町にチリ共和国イースター島からモアイ像が寄贈され、
 5月25日に同町の仮設商店街「南三陸さんさん商店街」(南三陸町御前下)で
 贈呈式が行われた。(三陸経済新聞)

 寄贈されたモアイ像は、高さ約3メートル、重さ約2トン。
 同商店街で開催された式典には、イースター島代表、駐日チリ共和国大使も参列。
 式典では「魂入れ」として、像に目が入れられる「開眼式」も行われた。
 白目は白サンゴ、黒目は黒曜石でできており、制作した職人の手によって目が
 はめ込まれた。モアイ像にはもともと「目」があり、これが本来の姿だという。

 南三陸町とモアイによるチリとの友好関係は、1960(昭和35)年の
 チリ地震津波にさかのぼる。津波で大きな被害を受けた南三陸町に同年、
 防災と友好の証しとしてチリからモアイ像が贈られ、志津川地区の
 松原公園に設置された。「モアイ」という名には「未来、生きる」
 との意味があるという説もあり、同町のシンボルとして町民に愛されてきた。
 しかし、東日本大震災で像の頭部が流出。今回再び、チリ政府から像が贈られた。」
                          ~YAHOOニュースより~

h25総代会視察旅行
モアイで町おこしもしているらしく、グッズがたくさん売ってました。
モアイラベルのお酒も売っていたので、思わず買ってきてしまいました。。

南三陸町観光協会のスタッフブログです。
元気の源の皆さんが書いている、リアルタイム情報のひとつです。
是非ご覧ください。
http://www.m-kankou.jp/blog/

つづく

16:38:43
私たちは2日目の朝に、今回語り部となってくださった
後藤さんと共にバスに乗り込み、
南三陸町の中心部があった場所へ向けて出発しました。
h25総代会視察旅行h25総代会視察旅行

h25総代会視察旅行
震災当日に、海水が川を上らないように水門をあわてて閉めたそうですが、
全くの無駄でした。

h25総代会視察旅行
海には浮き球がたくさん浮いていました。
生き残った地元の人たちの力を集めて、
海のお仕事は少し出来るようになってきたそうです。

h25総代会視察旅行
津波で壊された堤防は、まだそこいらに残されたままです。

h25総代会視察旅行
写真右側の山の上には、昔からのお宮があって、
近くの小学校のこども達全員が、校長先生の号令一下このお宮に登り、
津波による災害を免れて、全員助かったそうです。

ところで、写真には河原や野原のような場所が写し出されていますが、
もとは町並みがあったところです。
今現在、流されてしまった家々の基礎部分はだいたい壊され片付けられました。
そして、ほぼ平らな土地だけが残されて、そこに雑草がたくさん生えてきて、
このような緑の場所がたいへん多く見られます。
まるで最初から、町などなかったかのような風景です。

しかしこれらの場所は、震災前は間違いなく、
たくさんの一般家庭や商店が建ち並び、人が生活していた場所です。
説明をされた私たちの〈信じられない・・・〉という反応を見て、
後藤さんは南三陸町の町並みを写した大きな写真を
「比べてみてください」といって、見せてくださいました。
h25総代会視察旅行
この写真が震災前の町並み。

h25総代会視察旅行
この写真が震災後、無残に変わり果ててしまった町並みです。
そして、写真の説明をしている、後藤さんと私たちが立っているこの場所も、
震災前は町のど真ん中だったところです。

そうです。この場所は、震災後の報道で有名になった場所。
遠藤さんを始め数十名の職員が命をかけて、
津波警報の緊急放送を必死で市民に呼びかけていた
防災対策庁舎のあった場所です。
h25総代会視察旅行
h25総代会視察旅行h25総代会視察旅行
私たちは、ホテルにお願いして準備してもらった献花と、
コップ1杯のお酒を御霊前にお供えさせてもらって、
心を込めて手を合わせて、慰霊をさせてもらいました。

この防災対策庁舎は、津波到達間際まで緊急放送をしていたという
遠藤さんの報道でとても有名になったので、たくさんの方々が
毎日花を手向けてお参りしていかれるそうです。
この日も私たちを始め、団体バスがひっきりなしに来ておりました。

h25総代会視察旅行
少しわかりにくいと思いますが、真ん中に写っている車の、
ずっと奥の山のところに神社があります。
「つなみのえほん~ぼくのふるさと~」という絵本を書いた
工藤真由美さんが奉職する神社が建っている場所です。

震災後、まず地元の皆さんが感じたのは、
「神様は本当にいるんだ!」という気持だったそうです。
そんな気持からか、震災後の町の復興もさながら、まず神社の祭りを
毎年欠かさず心を込めて行っているそうです。

h25総代会視察旅行
この場所は、奥に写るトンネルに向かって線路が有り、
電車が走る鉄道があった場所です。しかし今なお、復旧の見込みも
着いていない様子となっています。

さて、ガイドツアー最後に向かった場所は、
JR東北のCMで吉永小百合さんも見えた
「南三陸さんさん商店街」でした。


つづく

18:30:33
正式参拝の青麻神社をあとに、次に向かったのは
ニッカウヰスキー仙台工場・宮城峡蒸留所でした。
h25総代会視察旅行h25総代会視察旅行
我が町にはニッカウヰスキー栃木工場があります。
その工場長さまのご縁でご紹介をいただきました。
h25総代会視察旅行h25総代会視察旅行
        蒸溜釜(ポットスチル)      貯蔵庫(シングルカスク)
  h25総代会視察旅行  h25総代会視察旅行
          樽の中を500~600度の炎で焼きます。    
          (一般見学では、この工程は見られません。)
ところで、蒸溜釜の上部に、注連縄が張られているのがわかりますか?
ウイスキー造りには、化学式だけでは解明できない部分もあるらしく、
創始者の竹鶴さんの代から、必ず毎年新しい注連縄と取り替えて、
神様の御利益を願うのだそうです。
とても素晴らしい「お陰様」の心がこの会社にはあります。


h25総代会視察旅行
さて、今回の宿泊地「南三陸ホテル観洋」さん。
海に面した高台に有り、海の眺めが絶景のホテルです。
震災当日は津波の被害により、ホテル2階部分まで浸水してしまいましたが、
今はなんとか元通りに修復して、南三陸へ来るたくさんの方々の
受け入れをしています。当日も、平日にもかかわらず満館でした。
h25総代会視察旅行h25総代会視察旅行
    h25総代会視察旅行   h25総代会視察旅行
南三陸町では、僅かずつではありますが、震災復興に向けて動き出してます。
仮設の商店街の設営や、
地元の食材を使った美味いものを地域で宣伝したり
なにより、震災を風化させないための語り部バスというツアーを作ったりしてます。

今回私たちは、その語り部さんにガイドをお願いして南三陸町を廻って、
震災当日の恐ろしさと、現在の町の状況、生き残った人々の気持ちを伺ってきました。

つづく 

15:21:17
6月6~7日の2日間。例年の神社参拝視察旅行へ
行ってまいりました。
行き先は「宮城県仙台市・南三陸町」です。
そうです。今年は神社参拝に併せ、震災復興支援という大きな
目的がある総代会旅行でした。
東日本大震災が起きてから、はや2年以上もの時が流れ、
ややもすると「これだけの月日が経てば、ずいぶん被災地は復興しただろう」
と、思う人も出てきてしまいますが、実際にはまだまだ手つかずのところも多く、
私たちが復興のお手伝いをすることはまだたくさんあります。
そこで、現在の被災地をその目で見てもらい、多くの人たちに向けて今の被災地の
情報を発信して、復興支援の気持を今ひとたび奮い起こしてもらいたいと思い、
今回の視察旅行となった次第です。
h25総代会視察旅行h25総代会視察旅行
そして正式参拝神社は「青麻神社(あおそじんじゃ)」で、
自由参拝神社は「宮城県護国神社」でした。
仙台市内にある2社ですが、特に「青麻神社」は当社境内に
青麻神社を祀る石碑が有り、少なからぬご縁がある神社です。
「日・月・星を祀り、中風に御利益が高い」と昔から伝えられており、
最近ではパワースポットとしても有名な神社です。

中風=現在では脳血管障害の後遺症(偏風)である半身不随、片まひ、
   言語障害、手足のしびれやまひなどを指す言葉として用いられている。
   中気、卒中また俗に「よいよい」ともいう。~wikiより~


下写真の絵本は「つなみのえほん~ぼくのふるさと~」という題で、
南三陸町に鎮座する上山八幡宮という神社の女性神主さんが、
実際に被災したときの事を、絵本にした物です。
h25総代会視察旅行
作者工藤真由美さんは、震災直後の避難場所でこの絵本の原作を
画きました。そしてその原作は、地元で紙芝居に形を変えて、
亡くなられた方のために黙祷を捧げてから話をしているそうです。

私はこの本に、南三陸町のさんさん商店街の方に紹介で出会いました。
そして現地で5冊購入し、さっそく旅行に参加した皆さんに読んでいただきました。
わかりやすい絵本だけに、被災したときの気持がひしひしと伝わってきて、
涙を流す方もおられました。
ネットで購入することも出来ますが、当社の参拝者待合所にも置かせて
いただいております。お読みになりたい方は、どうぞ当社までおいでください。

つづく

16:59:18
先月は心をまっ直ぐにして生活できたでしょうか?
それでは6月の神様のコトノハです。
h25 6月の神様のコトノハ
「隗より始めよ」
意味=事を始めるには、人にあれこれ言う前に自分が積極的にやり出すべきです。
   大きな事を始めるには、呼び水になる小さなことから始めるとよい。
   些細なことに思えることでも、自らの実践によって他人の評価を得ることになる。
   大きな事を行うためには、小さな事から始めることが大切なのです。

「子孫に美田を残さず」~西郷隆盛~
意味=子孫に残すべきものは、お金や不動産などではありません。
   残すべきは「信用」です。
   西郷隆盛は美田を残すことは、子孫の自立を阻害することだと考えました。
   残した財産を食いつぶし、社会に貢献できない子孫を残すことは、
   己の教育不足であり、一族の恥を永遠に世に残すことだと考えたのです。
   現代においても、残された財産がある故に、家族親族で骨肉の争いを
   とめどなく繰り返しているという人たちが後を絶ちません。
   真に子どもや子孫の繁栄を思うのであれば、自分の為すべき事は、
   世間に顔向けできるようなまっとうな人生を送り、他人に一目置かれるような
   社会貢献をして、社会的な信用を得ることです。
   その信用があれば、子孫は容易に人の助けを得て、自身の活躍の場を
   より以上に広げられるのです。
   故に子孫に残すべき財産は「信用」です。
   一生かけて大切な信用を作ってください。

「あきらめないこと」~植村直己~
意味=植村直己さんと言えば、日本人初のエベレスト単独登頂に成功。
   さらに、同年、世界で初めて5大陸の最高峰全てを制覇、12,000km、
   犬ぞりで北極圏を単独走破などなど。
   冒険家として様々な挑戦と、世界に残る記録を打ち立てた人物です。
   その彼は、マッキンリー山で消息を絶ったのを最後とされましたが、
   その死後、国民栄誉賞を授与されました。
   その植村直己さんが残した言葉のひとつが、「あきらめないこと。
   ぼくがやってきたことはただそれだけだったかもしれない。」という
   言葉でした。
   どんなことも、どんなときも、目的は逃げない。あきらめるのはいつでも
   自分の方なのだ。本気で思うことを成すために最も大切なことは、
   まさに「あきらめないこと」なのかもしれません。
   
いかがですか?今月のコトノハは?
この神様のコトノハを心に置いて、
こころを浄く明るく正しく直くして生きられる糧にしてください。

                              宮司 再拝

プロフィール

今宮ぐうじ

Author:今宮ぐうじ

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